江戸時代年表
| 江戸時代 | 1603 | 徳川家康が征夷大将軍になり江戸幕府を開く | |
| 1607 | 江戸時代はじめての朝鮮通信使が江戸幕府に派遣される 日本へ派遣された李氏朝鮮からの国使、対馬藩の努力によって、江戸時代はじめての通信使が幕府に派遣される。 |
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| 1615 | 大阪の陣で豊臣氏が滅びる(冬の陣、夏の陣) | ||
| 武家諸法度が定められる 江戸幕府が諸大名を統制するために定めた法令 |
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| 1635 | 参勤交代が確立される 各藩の大名を定期的に江戸に出仕させる江戸時代の大名統制のための制度。各大名が自主的におこなっていたものを1635年の武家諸法度改定によって義務付け |
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| 1616 | ヨーロッパ船の来航を平戸・長崎に限定 | 鎖国政策 | |
| 1624 | スペイン船の来航が禁止される | ||
| 1635 | 日本人の海外渡航と帰国が禁止される | ||
| 1637 | 島原・天草一揆が起こる 島原藩の島原半島と、唐津藩の天草諸島、百姓の酷使や過重な年貢負担に窮し、飢饉の被害も加わり、両藩に対して反乱を起こした乱である。キリシタン(カトリック信徒)の宗教戦争の側面もある。 |
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| 1639 | ポルトガル船の来航が禁止される | ||
| 1641 | オランダ商館が長崎の出島に移される 江戸幕府の鎖国政策の一環として長崎に築造された人工島 |
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| 1669 | シャクシャインの戦いが起こる シベチャリ(静内)のチャシを拠点に、松前藩の不公正な貿易などに対して起きたアイヌ民族の蜂起 |
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| 1685 | 生類憐みの令が出される | ||
| 1716 | 徳川吉宗が将軍となる 破綻しかけていた幕府財政を再建した。米相場の安定に苦心したことから米将軍ともいわれる。 |
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| 1722 | 上米の制が定められる 享保の改革の際に出した制度。大名に石高一万石に対して百石の米を納めさせる代わりに参勤交代の際の江戸在府期間を半年(従来は1年)とした |
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| 田沼意次が老中となる 数々の幕政改革を手がけ、田沼時代と呼ばれる権勢を握る。悪化する幕府の財政赤字を食い止めるべく、重商主義政策を取る。「賄賂政治」。将軍家治の死亡後に失脚 |
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| 1782 | 天明の大飢饉が起きる 江戸四大飢饉の1つで、日本の近世史上では最大の飢饉。田沼意次時代の重商主義政策により、農民が都市部へ流出、冷害・多雨と重なり起こった飢饉。 |
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| 1787 | 松平定信が老中となる 寛政の改革を行い、幕政再建を目指した。 「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」形式に流れることが多く、抜本的改革には苦心した。 |
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| 1790 | 朱子学以外の学問が禁止される 寛政異学の禁。幕府の指導力を取り戻すために、儒学のうち農業と上下の秩序を重視した朱子学を正学とし、古文辞学や古学を禁じた |
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| 1825 | 外国船打払令が出される 異国船打払令、外国船がしばしば来訪し上陸や暴行事件が発生したことに対し、発した外国船追放令である。無二念打払令とも言う。 |
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| 1833 | 天保の大飢饉が起こる 1833年に始まり、35年から37年にかけて最大規模化した飢饉。主な原因は洪水や冷害。 |
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| 1837 | 大塩平八郎の乱が起こる 天保の大飢饉による米不足の中、買い占めを図っていた豪商らに対して天誅を加える挙兵 幕府の役人だった大塩が反乱を起こしたことは、幕府の要人、また幕政に不満を持つ民衆達に大きな衝撃を与えた |
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| 1838 | 高野長英、渡辺崋山らが鎖国政策を非難 異国船打払令を批判し開国を説く、渡辺崋山「慎機論」 |
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| 1841 | 水野忠邦が株仲間を解散させる 享保の改革で幕府に公認され、上納金を納める代わりに、販売権の独占などの特権を認められた「株仲間」を流通の独占が物価高騰の原因であるとして、解散を命じた |
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| 1853 | ペリーが浦賀に来航する ペリーが艦隊を率いて鎖国をしていた日本へ来航し、開国させた |
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| 1854 | 日米和親条約が結ばれる 江戸幕府とアメリカ合衆国が締結した和親条約。下田と函館が開港され、鎖国体制が崩壊。 |
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| 1858 | 日米修好通商条約が結ばれる 総領事ハリス、大老井伊直弼によって結ばれた通商条約。条約港の設定、領事裁判権をアメリカに認める。 江戸・大阪の開市、自由貿易など |
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| 安政の大獄が起こる 大老井伊直弼・老中間部詮勝らが、施策「日米修好通商条約への調印および徳川家茂の将軍職継承」への反対派を弾圧した事件 |
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| 1860 | 桜田門外の変が起こる 安政の大獄で反対勢力を弾圧していた井伊直弼に対し、藩主の父である徳川斉昭の謹慎などで特に反発の多かった水戸藩の浪士が大老井伊直弼の行列を江戸城桜田門で襲い暗殺した事件 |
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| 1862 | 生麦事件が起こる 武蔵国橘樹郡生麦付近において、薩摩藩の行列を乱したとされるイギリス人4名のうち3名を薩摩藩士が殺傷した事件、薩英戦争が勃発する。 |
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| 1863 | 薩英戦争が勃発する。 生麦事件の解決を迫るイギリスと薩摩藩の間で戦われた鹿児島湾における砲撃事件。薩英戦争の結果、薩摩藩は攘夷が実行不可能であることを理解し、イギリスは幕府支持の方針を変更して薩摩藩に接近した。 |
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| 1864 | 下関の砲台が四カ国連合艦隊に占領される 四カ国連合艦隊と長州藩の戦闘で、 砲台が破壊され下関が陸戦隊に占領された |
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| 1866 | 薩長同盟が成立する 政治的、軍事的な倒幕運動に協力する6か条の同盟 |
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| 1867 | 大政奉還が行われ、江戸幕府が滅びる 十五代征夷大将軍徳川慶喜が、大政(統治権)の朝廷(天皇)に対する返上を申し出た政治的事件 |
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