平成時代日本史年表

日本史年表、ワードで配布しています。中学校受験、高校受験の基礎レベル。

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平成時代

平成時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

年表
元年(1989年) - 消費税導入。坂本堤弁護士一家殺害事件。東証の日経平均株価が史上最高値を記録し下落に転じる。
2年(1990年) - 即位の礼。礼宮文仁親王(現:秋篠宮)と川嶋紀子が結婚。日本人初の宇宙飛行士秋山豊寛が宇宙へ。ベルリンの壁崩壊。
3年(1991年) - 雲仙普賢岳が大噴火。湾岸戦争勃発。第58代横綱千代の富士が引退。東北・上越新幹線東京駅乗り入れ開始。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が国際連合加盟。ソビエト連邦が崩壊。
4年(1992年) - バルセロナオリンピック・アルベールヴィルオリンピック開催。毛利衛が宇宙へ。天皇が初めて中華人民共和国を訪問。米大統領にビル・クリントンが当選。
5年(1993年) - 皇太子徳仁親王と小和田雅子が結婚。レインボーブリッジが開通。細川内閣誕生により、自由民主党が野党に。1993年米騒動によりコメの部分開放を決定。ドーハの悲劇でサッカー日本代表はW杯初出場を逃す。
6年(1994年) - リレハンメルオリンピック開催。アジア初の女性宇宙飛行士向井千秋が宇宙へ。大江健三郎がノーベル文学賞受賞。松本サリン事件。関西国際空港開港。プレイステーションが発売。
7年(1995年) - 阪神・淡路大震災。地下鉄サリン事件が発生。オウム真理教の松本智津夫代表逮捕。ウィンドウズ95発売。野茂英雄投手がメジャーリーグ新人王に。仏大統領にジャック・シラクが当選。
8年(1996年) - アトランタオリンピック開催。ペルー日本大使館人質事件が発生。ゲーム『ポケットモンスター』が発売。北海道の豊浜トンネルが落盤事故。
9年(1997年) - 神戸連続児童殺傷事件。ナホトカ号重油流出事故。香港が中国に返還。長野新幹線開業。映画『もののけ姫』が公開。サッカー日本代表がW杯初出場を決める。
10年(1998年) - 山一證券が自主廃業。和歌山毒物カレー事件。長野オリンピック開催。サッカーワールドカップに日本が初出場。
11年(1999年) - 天皇即位10周年奉祝式典が各地で開催される。全日空61便ハイジャック事件発生。国旗国歌法成立。ポルトガル、マカオを中国に返還。『だんご3兄弟』が大ヒット。
12年(2000年) - 九州・沖縄サミット開催。二千円札発行。地下鉄日比谷線脱線事故。新潟少女監禁事件の被害者発見。韓国と北朝鮮の南北首脳会談が実現。三宅島が噴火し全島避難。加藤の乱。夏季シドニーオリンピックが開催。
13年(2001年) - えひめ丸事件。森内閣総辞職。「聖域なき構造改革」を唱え、第1次小泉内閣が発足。池田小児童殺傷事件。アメリカ同時多発テロ事件が発生。米英軍がアフガニスタンに報復攻撃。
14年(2002年) - ソルトレークシティーオリンピックが開催。EU圏内で新通貨ユーロに完全統合。住民基本台帳ネットワークが開始。東北新幹線が八戸駅までに延伸。アジアで初のサッカーワールドカップを韓国と日本が共催。
15年(2003年) - 東海道新幹線の品川駅が開業。イラク戦争勃発。米軍がサダム・フセイン元イラク大統領拘束。玄界灘海難事故発生。阪神タイガースが18年ぶりにセ・リーグを制する。感染症SARSが世界的に流行する。
16年(2004年) - 九州新幹線が開業。営団地下鉄が東京地下鉄(東京メトロ)に。政治家の年金未納問題。異常気象で、観測史上最多となる10個の台風が日本に上陸。『マツケンサンバ』が大ヒット。アテネオリンピック開催。新潟県中越地震発生。日本銀行券のデザインを20年ぶりに変更。『東北楽天ゴールデンイーグルス』がプロ野球パ・リーグに新規参入。
17年(2005年) - H-IIAロケット打ち上げ成功。福岡県西方沖地震が発生。JR福知山線脱線事故。2005年日本国際博覧会(愛・地球博、愛知万博)開幕。中部国際空港開港。郵政民営化法案が参議院本会議で否決されたが、小泉首相は衆議院解散を断行して総選挙後に成立。ディープインパクトが日本競馬史上2頭目の無敗3冠達成。
18年(2006年) - トリノオリンピックが開催。アメリカでワールドベースボールクラシックが開催、日本がキューバを破り初代優勝国となる。サッカーワールドカップがドイツで開催。ライブドアショックによる株式市場の混乱。秋篠宮妃紀子様が親王を出産。


改元
今上天皇(明仁)の即位の為、元号法に基づき1989年1月8日に改元。

「平成」は、元号法が制定された際に陽明学者・安岡正篤が考案したと言われ、改元時の内閣総理大臣・竹下登ら政府首脳も決定前から執心していた。また、閣僚などを通じ、「平成」や「修文」などの候補が外部に漏れ、幾ばくかの国民の間には予め予想する事が可能でもあった。政府は、昭和天皇が崩御(死去)した1989年(昭和64年)1月7日午後、「元号に関する懇談会」(8人の有識者で構成)と衆参両院正副議長に3つの候補を示し、意見を聴いた。その際、「平成」は最初に書かれており、また、他の「修文(しゅうぶん)」、「正化(せいか)」の2候補はローマ字表記の頭文字が「昭和」と同じ「S」になり初めから選び得ないものだった。 同日14時10分から開かれた臨時閣議で正式に決定し、14時36分、内閣官房長官の小渕恵三が記者会見で発表。 同日、「元号を改める政令」(昭和64年政令第1号)が公布され、翌日から施行された。

尚、大正と昭和の際と異なり、平成改元の際に翌日から施行された背景として、文書事務の煩雑化・ワードプロセッサ・OA化の普及に伴うプログラム等の変更を行うためと、当時は報道された。


出典
「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味。なお、平成は慶応改元の際にも候補に上がったが、2回目で採用された。

典拠・故実に由来する反対意見に以下のようなものがある。

1:典拠として史記を書経よりも重視するのはおかしい。書経のみを以て典拠とするべきである。
2:「平」「成」の文字の中に「干(=楯)」「戈(=鉾)」があり「干戈(戦争を意味する)」に通じる。
3:平治以来「平」ではじまる元号がないのは、平治が戦役によって混乱した時代であったためであり、「平」ではじまる元号はこれを避けるのが故実である。
4:死んだ人間(安岡正篤)の考案した元号は縁起が悪い。


時代の流れ
政治・経済
教育
平成10年代から文部科学省となった旧文部省主導のもと、ゆとり教育が普及した。

これに伴って、経済格差、地域格差を背景とした能力格差が表面化している。この原因は公教育機能が低下しているためといわれ、さらにそれを補うための学習塾や私立学校へ進学希望者が増加したためであるといわれている。しかし、学習塾や私立学校のない地域はどうやって勉強すればいいのか、不景気の中で塾産業だけが儲かる状況は異常ではないのか、低所得者の学習意欲をどう保証するのかなど、日本国憲法が定めた教育権(能力に応じて教育を受ける権利を持つ)の問題を含めて深刻な状況にある。

そのためゆとり教育の見直し、幼稚園・保育園の義務教育化に代表される公教育の機能強化が唱えられているが、教育観や費用の問題もあって見通しは不明である。

少子化の進展で2005年には『大学全入時代』を迎えたが、学校を卒業しても親に生活を依存するパラサイトシングル、引きこもりといった学生や社会人が増加し、問題視されている。これは学校と実社会の間にギャップがあるという日本独特の問題が潜んでいるとされる。余りに学校社会になれた子供は、卒業しても社会に適応することが困難になるといわれる。と同時に、教育は学校に行くことだけがすべてではないという見方から、公教育以外の多様な施設が考案、実践されている。さらにメンタル面では不登校や児童虐待、いじめ、薬物乱用、性モラルの低下といった問題を抱えるが、これらの問題は家庭や学校のみならず、塾にまで波及しつつある。

またを偏差値重視の現行教育制度の改革が進められており、愛国心や情操教育を盛り込んだ教育基本法の改正も検討されているが、日本教職員組合(日教組)を中心に反対の意見もある。


国際環境
昭和天皇の崩御とベルリンの壁の崩壊が同じ1989年(平成元年)に起こったので、世界史的には、平成は「ポスト冷戦時代」とも言える。

1991年にソビエト社会主義共和国連邦は、領土を構成していた共和国のすべてが独立し、解体された。その後、新たな世界構造を模索する状態が続いたが、結局アメリカという超大国が世界を支配し、欧州連合 (EU) 、中国、ロシア、日本などの中大国がそれに協力するというゆるい世界統合がなされるに至った。

その中で日本は冷戦時と同様に日米関係を外交の基軸とし、湾岸戦争やイラク戦争に協力するようになった。

海外ではアジア諸国、中国・韓国・マレーシア・ベトナムなどに急速な経済発展が見られ、それに伴って日本との経済関係も、これまで以上に緊密になった。

このうち、北京オリンピックを控え、「四つの近代化」を進めてきた中国は急速に強大化し、大国意識と海外への領土的野心を高めるようになり、日中戦争への報復の意味合いもあって、ガス田開発、領土問題などで日本に対しても威圧的な外交を行っている。日本においても首相による靖国神社参拝、対中円借款の停止などが行われ、両国の関係は冷却化した。

通貨危機を脱した韓国は左派政権の盧武鉉政権が登場。折からの2002 FIFAワールドカップ共催、主婦層の韓流ブームと相まって、表面上は友好ムードが高まったかのように見えた。しかし、竹島の領有権問題の表面化、靖国参拝で冷却化した。

また朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間で日本人拉致問題、核開発問題が深刻化している。日本政府は拉致問題を解決するために、経済制裁を可能とする法整備を進め、ミサイル発射訓練を機に、制裁を発令した。

この他の東南アジア諸国でも自国の経済発展や華僑の人口増加、中国の経済発展に伴って、日本を先頭とした雁行型経済に代表されてきた伝統的な対日依存を見直し、新たな経済大国として浮上した中国や、EUなど他地域との関係を強化する事で、経済の多極化を図る動きがある。

なお、東南アジア地域においては東南アジア諸国連合 (ASEAN) が結成され、東南アジア諸国は共同体形成を模索している。

そのため、東アジア共同体 (AU) 、およびアジア共同体構想が浮上している。これはEUのアジア版であり、ASEANや日中韓などの各国が共同して立ち上げた大戦略だが、ASEANや日中韓といった地域には人種、宗教、言語、文化、経済力といった地域統合を促す要素に共通性が希薄で、また共同体の主導権をめぐって日中が激しく争う向きがあるものの、アジア諸国が日中の二者択一を望んでいないといった理由などで、構想自体が空中瓦解するだろうという見方も少なくない。

しかし地域統合に向かうのは時勢であり、その中で主導権を握れば、中国ともアメリカとも対等に渡り合える外交力を所持することができる、という深謀遠慮からAUを模索する試みが地道に続けられている。だがそのための経済力、外交力、論理力などが日本には欠落しているという指摘もある。

この他、国連創設60周年に当たる2005年には、敵国条項の削除と国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指し、グループ4(日本、ドイツ、インド、ブラジル)を結成したが、中国、韓国、さらにはアメリカの反対にあって挫折した。